10年後に読まれた本

ベッド タイム アイズ指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)
部屋の片隅で、読まれるのをずっと待っていた本があった。山田詠美さんの 『ベッドタイムアイズ』 だ。読むきっかけはいくらでもあった。大学時代、彼女の作品ばかりを読んでいる友人がいた。 (私は友人のことをもっと知りたいと思っていた。) 同じ頃、文芸評論家の、福田和也さんが絶賛していた。 (私は彼の「現代文芸」の講義を、いつも一番前の席で聴講していた。) でも、読まなかった。


とにかく、本屋で見たときには、これは、手元においておくべき本だと感じた。でも、同時に、これは、いつか読むべき時期がくる本で、それはその時ではないと信じて疑わなかった。後から購入されたいくつもの本に、先を越され、半ばふてくされていたに違いない。それでも、私は、その時にはまだ読む時期ではないと、相変わらず書棚から手に取ることはなかった。


「読もう。」 決心したのは昨日の夜。後輩のblogを読んでいて、彼女の日常を表現する言葉の一つ一つ、選ぶ話題の一つ一つに繊細さと、知性を感じ、痺れた。そして、彼女の精神世界に、山田詠美さんが溶け込んでいることを直感した。焦りにも似た感情。山田詠美さんを先にこなした彼女の世界がうらやましくなった。


そして、朝起きて、本を開けた。一気に読み終えた。短い作品だったんだ。でも奥深かった。


米駐留軍相手のクラブ歌手をしている若い日本人女性と、黒人兵スプーンとの風変わりな同棲生活を描く。黒人兵のスプーンというニックネームが、悲い響きだけれど、好きだ。幸福に恵まれた子どもを「銀の匙をくわえて生まれてきた」という英語にある言い回しにちなむ。銀の匙をいつもポケットに入れて持ち歩く彼は、匙をくわえて生まれてきた人間ではないことを示唆する。
別れ際、出て行こうとする彼に、彼女が
「Don't 2 sweet + 2 be = 4 gotten (Too sweet to be forgotten)」
忘れ去られるには甘すぎるのよ という。なんだかカッコいい。
暴力と犯罪と恋愛の同居した、決して明るくはないけれど、すがすがしさを覚える空気感。


ethnicityについて。ソウルミュージックについて。もっと知ってみたい。関わってみたい。そんな気分にさせられる一冊。


10年後の今、読みこなすだけの準備は本当に整っていたのだろうか。或いは、もう少し前に読んでいても良かったかもしれない。
わからないけれど。今日、この本を10年前のタイムカプセルを開くようにして、大切に読んだという記憶と事実が、これからの私にきっと何らかの影響を与えると信じてる。