鉱石を届けるおばあさん   

ある町に、新米のおまわりさんがやってきたの。大学でたてのほやほやで、だからもちろんまだ20代前半だよ。交番でのお仕事は、町内のパトロールや、道に迷った人の案内、町で起きたけんかの仲裁などなど。町の人とのコミュニケーションがとても大切。



でも新米だから、なかなか町の人と仲良くなるまでには時間がかかってしまうの。
毎日のパトロールで町の人たちとなんとなくの顔見知りにはなるものの、話すきっかけがつかめないでいたんだって。



そんなおまわりさんに、近頃ちょっとした楽しみができたんだって。それは、毎日交番にやってくる、80歳くらいのおばあさん。買い物したあとの野菜やら牛乳やらをいれるカートを押しながら、
「ごめんくださあい」っておばあさんはやってくる。
毎日だいたい夕方4時半くらいかな。
「おばあちゃん、なんだい?」っておまわりさんが笑顔で聞き返す。
「落し物をとどけにきたよ」おばあさんは、あったかそうなショールを二つならんだ椅子の片方にひょいとひっかけ、自分はとなりの椅子にこしかけて、ウエストあたりのポッケを探り出す。



(今日は何かな?)おまわりさんはすこしばかりわくわくしておばあさんの手元をみる。



「これなんだけど」おばあさんの手のひらに乗せられた「落し物」は、一見するとただの石ころだ。
でもね、おばあさんは話しはじめます。
「これは、若い娘さんが、進学のお祝いにって母親からプレゼントされたペンダントトップにまちがいないよ」



おまわりさんは、最近購入した鉱物百科辞典を引きながら
「ピンク色しているから、たぶん石英で、アメジストだと思う」と分析してあげた。
「あたしもそうだと思う」おばあさんはおまわりさんの回答にうなづくと、やさしくほほえむんだって。
「きっと探しに来るはずだよ」おばあさんはそういって鉱石をおまわりさんにわたすと、ショールを巻いてカートをゆっくり押して満足げに交番をでていくんだって。




次の日も、その次の日も、おばあさんはやってきて、おまわりさんに落し物を届けにくるんだって。


「これは、結婚記念日にだんながおくさんに贈った指輪の石にまちがいないよ」



「これは陶芸家が自分の作品の陶器の装飾用に埋め込んでいた石に間違いないよ」



おばあさんが鉱石を渡すたびごとに、おまわりさんは、例の鉱物百科事典を見ながら
「それならきっと、持っていると幸せになれるというラピスラズリに間違いないよ。深い藍色は、深い愛ってことなんだなー」なんてしゃれを交えてみたり、
「斬新な陶芸家のすることは粋だねえ。細工もすごい。これはきっと鉱石でも珍しい、砂漠のバラって名前がつけられているやつじゃないかな」と一生懸命に答えていく。



おばあさんはその度に
「きっと持ち主は探しに来るはずだよ」といって、おまわりさんに鉱石を託すと満足げに交番を出て行くんだって。おまわりさんはカートを押すおばあさんが交番横の商店街の影から見えなくなるまで見送ると、預かった鉱石をしばらくながめ、そして机の引き出しにしまっておいた。


半年も過ぎた頃くらいかな。すっかり街の雰囲気にもなれた頃、例のおばあさんは、急にぱったりと交番にこなくなってしまった。4時の交番は、しーんとしずまりかえり、来客用の椅子はからっぽのままだった。
おまわりさんは、さみしかった。こんな日がいつかはくると予想はしていたけれど。


おまわりさんはおばあさんについて、最初から知っていた。
おばあさんが、毎日自分の住むアパート近くの駐車場から単なる石ころの中で丁寧に気に入りの石を見つけて届けにきていたことも、おばあさんは実は目が見えなかったことも。



落し物を届けに来てくれた人と、おまわりさんが仲良しになることってあんまりないけれど、おまわりさんと、おばあさんは、期限付きではあったかもしれないけれど、仲良しだった。日常の中の心地よい非日常。



なんとなく手持ち無沙汰の時、元気がない時、例のおばあさんが応援してくれる気がして、今でも時折引き出しの中の石ころを眺めるんだって。キラキラとした鉱石を眺めるように。