ナンパなおまわりさん

ちょっと怖い話だけど。先週末、私が住んでいる家のすぐ近くで、殺人事件が起きた。殺されたのはおばあさまらしいのだけれど。犯人は捕まっていないみたい。軽井沢から帰った夜も、警察の人が3人くらい、私の家の近くで何やら捜査していたようだった。家に入ろうとすると、彼らのうちの一人が、私を引き止めて、聞いて来た。
「この近くで殺人事件が起きたのをご存知ですか?」
 正直な話、全く知らなかった。
「知りません。怪しい人?気づきませんでした」
 聞き込みには全く協力できなかった。
「しばらくこのあたりを捜査しますので、また伺うかもしれません。その時はご協力お願いします。」
 おまわりさんの言葉を背中に聴きながら、なんだか身震いがして、家の中に急いで飛び込んだ。


そんなこんなで、今日の朝。ピンポーンとチャイムの音。ドアの向こうに立っていたのは、私服の男性。集金袋も持っていないし、いつもの日経新聞のおじさんじゃないや。無視。10秒位して、ピンポーン。だめなんだから。出ないんだから。知らない人が来たら、開けちゃいけないんだってば。うるさい。『オオカミと七ひきの子ヤギ』に出てくる子ヤギたちのように、鍵はぜったい開けない!と心に決めて、外の怪しげな男性が帰るのをじっと待つ。それでもしつこく、ドアの外からはピンポーン。ピンポーン。10秒おきくらいに、それから20回は鳴った。もう!うるさいってば!とうとう根負けして、ドアの内側から聞いた。
「どなたですか」
「警察のものです。聞き込みにご協力ください」
「ドア開けて大丈夫ですか?」
「おまわりさんなんで大丈夫です」
 怖かったけど、自分をおまわりさんと呼ぶ警官に悪い人はいないかな。ドアを開けた。
「ねばった甲斐がありました。いや、ね、電気ついてましたから。いらっしゃると思って。よかった。聞き込みにご協力をお願いします」
 かなり人懐っこそうなおまわりさんだった。
「朝早くからで本当、申し訳ない。私の前にもやっぱり同じ年代のセールスの方が回っているようで。その人のあとに行くと絶対断られちゃうんで。今日は朝から先をこされないように、回っているわけなんです」
 30歳前後だろうか。警察手帳を見せられて、少しほっとした。


聞かれたのは、この前と一緒。事件を知っているかどうか。怪しげな人を見かけなかったかどうか。私の身分。先週末の行動。でも、このおまわりさん、なんかナンパだった。

「生年月日は?」
「教えていいんですか、個人情報ですけど」
「おまわりさんですから大丈夫です。ほかの人には教えちゃだめです」
 このへんのやりとりは、まあ、ありがちだとは、思うけど。


「先週は何してらっしゃいましたか?」
「お散歩。一駅くらい」
「へえ、アウトドアな方なんですね」
 おまわりさんはノートに「散歩」と書き込んでいる。


「何をしてましたか?」
TOEICのテストが近かったので、家にこもって勉強してました」
「へえ。すごいですね。英語ですか。いやいや、語学ができるといいですね。この裏の方に中国の研究者の方がいらっしゃったんですが、日本語全く通じませんで、久しぶりに片言の英語話しましたよ。いや、いいですね」
 何やら関心され、ノートには「英語の勉強」とメモされた。



「さらにその後は、何してましたか?」
高島屋に行ったと思います。紀伊国屋で本一冊読んじゃいました」
「本一冊読んじゃったんですか。すごい!」
 またもやおだてられる。


「最近不振な人を見かけませんでしたか?」
「この前の花火大会で浴衣着た時、帰り道何人かに声を掛けられました」
「よっぽど似合ってらしたんでしょうね。」


「夏は帰り道ちょくちょく声をかけられることがあります」
「お綺麗だからでしょうね」
うわ褒められまくりだ。


結局おまわりさんの聞き込みに協力できることは何一つ言ってあげられなかったのはこの前と一緒。


「また、ご協力をお願いするかもしれません。あ、これうちの警察署の連絡先です。なにかあったら、連絡ください。リアルタイムで助けにいけると思います」


こんな聞き込みってありなんだろうか。満足げに帰っていくおまわりさんの背中を、なんだか不思議な気分で見送った。