朝、傘を持たずにでかけた。出がけに折りたたみ傘を持とうと思いつきはするものの、なんとかなるさと思ってしまうから、いつも持たずにでてしまう。それでも結局雨に降られて、「またやってしまった....」と後悔する。


今日も、同じ過ちを繰り返してしまった。仕事が終わり、夜ご飯を神田の天ぷらやさんで済ませた。お店から出ると雨が降っていた。
小ぶりだったら気にせず走ってしまうけれど、
今日の雨はやみそうな気配はまったくなく、そのまま歩けば確実にずぶぬれになりそうな激しさだった。


それでも地下鉄の駅まではそう遠くなかったのでなんとか駆け込み、家の最寄り駅までたどり着いた。


地上に出た。雨はまだやんでいなかった。


しかたあるまい。タクシーに乗ろう。


決心はしたけれど、いざタクシー乗り場を目の前にすると、一瞬、やめようかという気持ちになった。タクシーを待つ人の列は15人を超えていた。しかも、タクシー乗り場で屋根のある部分はせいぜい2,3メートルというところ。列の最後で傘を持たずにならんでいたら、タクシーを待つ間にやっぱりずぶぬれになってしまうのだ。私以外のタクシーを待つ人たちは、みなしっかりもので、きちんと傘を持っている。


どうしようかなぁ。でもコンビにでビニール傘を買うのは嫌だった。ビニール傘は風水上あまりよくないらしいし、晴れた日に傘たてにささったいくつものビニール傘を見て、自分の読みが外れた履歴に改めてうんざりするのは美しくない。それよりは、雨がやむまでまつか、だれかに送っていただくか、タクシーに乗ってさくっと帰ってしまいたい。


屋根のあるタクシーのりばの隅っこで、列にならぶわけでもなく中途半端な立ち位置のまま、最後列をしばらく眺めていた。


一人、また一人とタクシーに乗り込んでいく。列の最後が屋根の下におさまるまで、まってみようか。でも、エンドレスに新たなお皿が供給される回転寿司のように、タクシーに乗り込むのとほぼ同じようなペースで、最後尾には次々と新たな人が加わっていく。


そのまま、しばらく最後尾を見つめていた。5分くらいだった頃だろうか。思いがけない出来事が起きた。傘のないまま列にも加われない私を気の毒に思ってくれたのだろう。30代前後の髪が長くて白いスカートをはいてる清楚な感じの女性が、「どうぞ」と自分の前を勧めてくれたのだ。


割り込みが申し訳なくて、せめて彼女には前に乗ってもらおうと「お先にどうぞ」と勧めたが、彼女は自分の後ろの人が嫌な思いをするかもしれないと懸念してか「いいえ、お先にどうぞ」と私が列に加わるのをじっと待っている。


お礼の会釈を繰り返し、恐縮しつつ彼女を残してタクシーに乗った。彼女に私は何もお礼ができないのが心苦しかった。手元にいくつか週末に読もうといくつか新しい雑誌があったけれども、それを差し出すことも(「そんな、結構です」と言われるのでは)とためらってしまい、結局私は彼女に一方的にしてもらうだけになってしまった。


せめてもの恩返しに。彼女のような親切を自分もほかの誰かにしていく誓いと、その記録をこうして残しておくことにした。