ホチキス 第二話

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>昨日までのお話し<


「ばうう、ばう、ばうううう」りりぃの後ろから、真っ黒な毛並みで足先だけが白い仔犬がりりぃの足元めがけて走ってきました。


「ひええ」りりぃは一瞬ひょんな声を上げましたが、相手が仔犬だとわかったので、ほっとため息をつきました。
「びっくりさせないでよね」半分ひとり言のようにつぶやきながら、りりぃは仔犬を抱きかかえました。
「面白い毛並みー」
「ばう」仔犬は面白くって悪かったなぁとでも言うように返事をします。


(捨て犬かしら?)りりぃは仔犬の頭をゆっくりなでながら仔犬の走ってきたほうを振り返りました。すると、
「ごめんなさいね〜」エプロン姿のちょっとふくよかなおばさんが、息を切らしながら走ってきました。こちらに向かってくるには下り坂なので、間もなくおばさんは仔犬を抱えたりりぃに追いつきました。ゆるやかな坂なのですがそれでもおばさんの額は汗でびっしょりです。


「ごめんなさいね、じゃまをしてしまって。まだ仔犬だから、すぐに首輪が外れちゃうのよ。ホチキスったらあなたのお洋服、汚さなかった?」「だいじょうぶですよ」りりぃはおばさんの問いかけに答えてから、


「ホチキス?」仔犬がおばさんにそう呼ばれているのに気がつきました。「そう、この子、ホチキスって言うの。変わってる名前でしょ。お母さんが白犬でお父さんは黒犬だったの。そしたらこの子の毛並み、こんな風に面白く生えてきてね。だから二つの違うものをひとつにまとめる性質になぞらえてホチキスって名前にしたの。双子の弟も同じ色なんだけど、そっちは見た目から、ソックスっていうのよ。ホチキスと違ってお寝坊さんだから、今日は連れてきてないんだけど。」
「面白い名前の付け方ー」りりぃは感心してほっとため息をつきました。


「それはそうと、あなた学校のほうはいいの?」ホチキスを見ていて時間が経つのもすっかり忘れていたりりぃはおばさんに言われてはっとしました。
「いけない。遅刻しちゃう。ああ、それにおばさん、私のホチキスは今家にいて大変なのよ。つれてこなくちゃいけなかったのに。」りりぃは再びあせりだしました。


「ホチキスならここに....」りりぃに答えようとするおばさんの声を聞いてあわててりりぃは説明しなおします。
「そうじゃないんです、本物のホチキスがないの。」
「だからここに.....」おばさんがそういいながらポケットとの中を探り出したのでりりぃは息をのんでおばさんの手元をじっと見つめました。仔犬のホチキスもシッポをパタパタふってりりぃの顔を見ています。


「あ、ホチキス!」
見るとおばさんの手には、しっかりとりりぃの探していた、文房具のホチキスが握られていました。
「この子が生まれたときにしゃれのつもりで買ったんだけれど。これを見せると、遊んでくれると思って勢いよくホチキスが飛んでくるもんだから、いつもこうしてポケットに入れておいたの」


りりぃの目はキラキラと輝きだしました。


「これ、借りてもいいんですか?」
「ええ。ええ。借りるなんていわないで持っていっていいのよ。ホチキスなんてすぐにまたそこらで買えるんだから」
「でもこれは思い出の品なんですよね」
ためらいがちにおばさんの顔を見上げるりりぃにおばさんはにこにこ顔で答えます。


「ホチキスを捕まえてくれたお礼よ。それに、ホチキスと出会った日に偶然ホチキスを探していたあなたに持っていてもらったほうが、もっといい思い出になると思うわ。思い出の品っていろんな人に渡ればわたるほど深くなるものだと思うのよ。ね、だからそんなに気にしないで。さぁ急いで。急いで。」


りりぃは突然の救済者の訪れに驚くやら、感激するやらで何度もありがとうを繰り返しました。


「じゃあ、またどこかで会えるといいわね」
「ばう!」


ホチキスに見送られてりりぃは晴れやかに学校に向かいました。